厚木基地ついでに、と言ってはなんですが。。。
厚木基地の名前は何故厚木基地なのか、何故、綾瀬にあるのに
『綾瀬基地』ではないのか。
疑問に思う方もいらっしゃるかと思いますが、以前年輩のお客様に大変興味深い話を聞いた事があります。
第二次世界大戦中、硫黄島が陥落しB-29の本土空襲が激化してきた頃、綾瀬飛行場だとB-29の的になってしまうから、直接狙われてしまうからあえて違う地名を付けて敵を惑わせたとの事。
愛川町の方にも飛行場があった様で、(今でも地図に滑走路の名残がある様ですが)愛川町の飛行場の方が空襲にあっても厚木飛行場が無事なら良い、と言う、今ではありえない発想だったらしです。
要約すると、大戦中の名残でそのまま厚木基地と呼ばれるようになった、との事です。
真意、信憑性のほどは分かりませんが、戦時中から綾瀬にお住まいの方のおっしゃる事ですから、非常に興味深い、リアルな話です。このような方を生き字引というのでしょうか。
戦時下の日常生活の話や、戦場で起こった事など、コアな部分は戦後に封印?されていて、ちょっと一般の常識からはかけ離れてるようですね。当時の話はおじいさんおばあさんに実際に聞いておくと良いと思います。